続いて、落合下(しも)、落合上(かみ)と木津川の渡し船を渡り、全てを乗って、夕方に神戸に向かいます。
津守神社の近くまでバスで行こうと思ったのですが、10分ほど歩いたバス停からの出発は40分後。暑くて仕方なかったので電気屋さんで涼を取らせて貰っていたのですが、間が持たずに更に10分歩いて違うバス停に行きました。
道に迷って、ちょっと怖い思いをしました。
大きな道に出ると、コンクリート工場前に出て、砂煙の中、スレスレを走るダンプに恐怖を覚えながら、乗り場を探しました。
正直に言って呆気にとられました。
工場や倉庫が続く中、急に出てくるんです。
どうやってここに来るのが正解なのかわかりません。
落合上下の渡船は、橋の代替です。
普通なら「橋まで大回りいなりますが歩いてください」と言われるのでしょうが、無料で市民の足を守り続けているのは素晴らしいことです。
下渡船場からバス停1つ分。さすがに疲れて来たし、暑いのんでバスを希望したのですが、30分以上時間がありました。
多いな荷物を背負って20分程歩きました。
住宅が多い中、乗り場が現れます。
走り出せば、本当にスープの冷めない距離。
住宅が多いのですが、両岸からミナミに行くバスが運行されていて、生活導線上にあるのかというと疑問が湧きます。
運河(←)と木津川(→)の分岐点が見えます。後で地図で確認したら、運河はこの先行き止まり。木津川には大きな「木津川水門」が見えますが、運河の入り口は「西大阪防潮三軒家水門」と記載されていました。防潮堤の役割があるんですね。
一旦なんばまで出て、鶴町方面に向かいました。
久々に10分以上バスに乗れると安心したのか、起きたら千歳橋を渡っていました。単に降りそびれました。
一旦、終点の鶴屋町まで行きました。
折り返しのバスにが目の前で行ってしまい、昼飯でもと思ったのですが、辺りに食堂らしきものはなく、雨も降り始めたので、先ほどのバスが迂回している間に先回りしてバスに乗りました。
巨大な橋なので、地平に着いてから発着場のある橋の袂に行くには結構な距離があります。
発着場に行く間は退屈しません。
なんだこりゃー。なんでこうなった?と思うものがたくさんあります。
千歳橋は歩道があります。その歩道は橋梁部には併設されているのですが、そこまでのアクセス道は別作りです。そのためか、歩道橋の様な構造物がニョキニョキと伸びています。
大浪通りの行き止まりに、千歳渡船場があります。
橋が架かって周辺の道路事情は激変したことでしょう。
鶴屋側は曲線になっていて、その部分はトラス橋で、アーチ橋からそのままトラス構造になっています。対岸の北恩加島側は曲線になっているもののそのままアーチ橋になっています。
後で調べたら「2径間連続非対称ブレースドリブアーチ橋」となっていました。
非対称ってワクワクします。
鶴屋側に着いた途端に大雨に見舞われました。
戻っていく船を見ながら、地元の自転車のおじさんと雨宿りをしました。
鶴屋からバスで2つの橋を渡り、天保山に来ました。
海遊館に向かう数人を見送り、ロータリーを走っているときに渡船場の看板を見つけました。要するに、また降りそびれたのです。
恥ずかしながら、1区間だけバスのお世話になりました。
千歳橋の渡船場で雨宿りしていた雲が一緒に来たからです。
天保山は日本一低い山と登録されています。以前来たことがあったので、再び登山してみました。
頂上で登頂の喜び(笑)を感じていると、渡船場が見えました。
写真は下山してからの写真です。
以前、来たときに見たような気がしましたが、どこに行くのかわからずに諦めた記憶があります。
天保山航路は、安治川を渡ります。
橋が見えますが、天保山JCTから続く阪神高速道路のダイナミックな渡河施設のひとつ。特に名前は無いようです。
出発すると有名テーマパークやライブハウスなどが見え、これまでの工場や住宅地の趣とはちょっと変わってきました。
阪神高速の橋から離れて行った所に桜島側渡船場に到着します。
バス停まで7~8分。バス停近くに先ほどの阪神高速の橋脚があります。
その高さに圧倒されて、つい見上げて写真を撮ってしまいました。人間というのは、どれ程のものを作り上げていくのだろうか。ちょっと考えてしまいました。
次は、神戸から連絡バスで出発する新日本海フェリーに乗ります。
橋と船と端っこと。
好きなものをただ載せています。
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